麻すいのおと

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麻酔の勉強の記録です。

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【論文紹介】人工膝関節手術における、超音波ガイド下・修正高位腸骨筋膜下ブロックとデクスメデトミジンの併用:デクスメデトミジンの最適用量はどれくらい?【BMC Anesthesiology 2023】

膝の手術と言えば、様々なブロックの手法がありますよね。
大腿神経サイドは、大腿神経ブロック、大腿三角ブロック、内転筋間ブロック。坐骨神経サイドは、坐骨神経ブロック、選択的脛骨神経ブロック、i-Pack。
これらをそれぞれ、侵襲が及ぶエリアや手技に伴う難易度や術後の鎮痛を考慮して、選んでいくのが現状かと思います。

今回ご紹介する論文は、そもそも膝の手術で「腸骨筋膜下ブロック」で、しかも「modified, high」と修飾詞のついた方法を用いています。主たる目的は、補助薬としてのデクスメデトミジンの用量の検討ですが、学びが多そうなので取り上げました。

bmcanesthesiol.biomedcentral.com

※タイトルは"arthroscopic knee surgery"、つまり「関節鏡下膝手術」となっていますが、内容はTKAの患者を対象にしています。タイトルが誤植な気がします。

 

<まとめると>

研究の目的:TKA後の急性および慢性疼痛の管理において、デクスメデトミジンと修正高位腸骨筋膜下ブロック(Modified High Fascia Iliaca Block, H-FICB)の併用の有効性を調査し、デクスメデトミジンの最適用量を特定すること。

研究デザイン:二重盲検ランダム化比較試験

施設:Affiliated Hospital of Nantong University, China

対象患者:2022 年 10 月から 2022 年 12 月の間に待機的にTKAを受けた患者。年齢は18 ~65歳、ASA-PS 1~3、BMI 18-38。除外は脳血管疾患、凝固障害、精神疾患、肝不全、腎不全、心不全、呼吸不全、局所麻酔薬に対するアレルギー、妊娠。

アウトカム:安静時NRS、体動時NRS、術後48時間以内のモルヒネPCAのpush回数、術後有害事象(嘔気嘔吐、低血圧、徐脈、不整脈、呼吸抑制、人工呼吸器使用、掻痒、鎮静)の有無、慢性神経障害性疼痛を術後3か月/6か月に評価したLeeds Assessment of Neuropathy Symptoms and Signs (LANSS) 疼痛スケール値。

方法:TKAを受けている患者を3つのうちの1つの群にランダムに割り当て、異なる用量のデクスメデトミジンが使用された(Do; 0.25µg/kg, Da; 0.5µg/kg, Db; 1.0µg/kg)。すべてのグループがH-FIBを受け、上記アウトカムを記録し、統計解析を行った。

結果:最終的に96人が対象となり、1群につき32人ずつであった。患者背景に差はなかったが、Db群は術中レミフェンタニルプロポフォール量が有意に少なかった。Db群は、術後のレスキュー鎮痛薬使用を要求した人が有意に少なく、モルヒネによる鎮痛時間とモルヒネ消費量も、Db群で有意に低かった。リカバリーと術後4時間時点での平均NRSは各群で同等だったが、6-48時間後においては、Db群は最も低いNRSスコアとなった。また、Db群は術後の嘔気嘔吐が有意に少なく、覚醒遅延や呼吸抑制の徴候は無かった。

結論:TKAにおいて、H-FIBとデクスメデトミジンの併用投与では、Db群で疼痛スコア、オピオイド消費量、および副作用が大幅に減少した。デクスメデトミジンの最適用量は 1 μg/kg となり、これにより最小限の副作用で最も好ましい鎮痛効果が得られる。

 

まとめると上記の通りです。そもそもH-FIBとは?って感じなので、そこを補足します。

本論文では、H-FIBに関する文で、参考文献として挙げているのがこの論文です。

bmcgeriatr.biomedcentral.com

Supra-inguinal fascia iliaca compartment blockと書かれています。この方法は、従来の腸骨筋膜下ブロックよりもより頭側(鼠径靭帯よりも頭側)で穿刺するものです。

穿刺点やエコー解剖は、神経ブロッカー御用達の神サイトNYSORA様やASRAのNewsletterに詳細が掲載されています。

Supra-inguinal FIB メルクマール

Supra-inguinal FIB エコー解剖

では、もう少し論文を読んでみます。

 

<背景>
わかっていること:
①腸骨筋膜下ブロック (FIB) が、大腿神経ブロック (FNB) や内転筋ブロック (ACB) などと比較して、TKA 後の術後鎮痛に優れている可能性があることがわかってきた。Modified H-FIBの鎮痛効果は、従来のFIBよりも顕著で副作用も少なかった。
②デクスメデトミジンやデキサメタゾンなどの補助薬の使用は、末梢神経ブロックの鎮痛効果を高め、オピオイドの消費を減らす。これらの補助薬のうち、α2 作動薬の局所浸潤麻酔への使用は、鎮痛の質と持続時間を向上させる可能性があり、注目を集めている。
③患者の約 10~34% が TKA 後に、痛覚過敏、灼熱感、チクチク感などの慢性的な不快な痛みを経験していることがわかっている。

まだわかっていないこと:
TKA 後の術後疼痛管理にModified H-FICBと組み合わせて使用​​するデクスメデトミジンの最適用量は不明。

<麻酔方法>
標準的モニター装着。Modified H-FIBを手術の30分前に施行。ブロック手技は次の通り。仰臥位、上前腸骨棘を基準点として特定し、その 5 cm の下に腸骨稜を確認。エコーで「蝶ネクタイのサイン(↑のエコー解剖の図を参照)」を特定し、割り当てられたグループに基づいて、薬物を投与した。
ミダゾラム 0.15 mg/kg、プロポフォール 4 mg/kg、スフェンタニル 0.25 μg/kg、シスアトラクリウム 0.2 mg/kg で導入、プロポフォールとレミフェンタニルで維持した。術中に乳酸リンゲルを 6 ~ 8 ml/kg/h の速度で投与した。

<結果>
まとめの通り。

<考察>
デクスメデトミジンは、選択性の高い α2-アドレナリン受容体作動薬であり、その鎮痛メカニズムには、脊髄内のノルエピネフリンとサブスタンス P の放出の減少、疼痛シグナル伝達経路の阻害、下行性抑制経路を調節することによるとされる。デクスメデトミジンには抗炎症作用もあり、手術に対する神経炎症反応を軽減することができ、これが術後の鎮痛効果に寄与しているかもしれない。

慢性痛とは、術後 3 か月以上続く持続的な痛みを指す。術後初期の痛みの記憶が慢性痛の発症において最も重要な要因であることが証明されている。別の研究では、慢性疼痛の軽減における神経調節物質の有効性が実証されていて、抗うつ薬や抗てんかん薬が該当する。周術期のデクスメデトミジンの正確な作用機序はまだ不明で、慢性的な痛みの症状は交感神経の活動亢進と関連していることが多いという観点から、ノルエピネフリンの放出を阻害し交感神経系の活動が低下する、という機序かもしれない。また、脊髄内の α-2 受容体に結合することによって、グルタミン酸などの興奮性神経伝達物質の放出を減少させ、γ-アミノ酪酸 (GABA) などの抑制性神経伝達物質の活性を高め、炎症誘発性サイトカインの放出を抑制し、慢性炎症の緩和に役立つと考えられる。

我々の研究は、H-FICBをデクスメデトミジンと併用することで、TKA を受けている患者に大きな利益をもたらす可能性があることを示唆する。オピオイド鎮痛薬の必要量を減らし、それによって呼吸抑制、鎮静、吐き気などの関連リスクを最小限に抑える可能性、さらには患者の可動性が向上し、慢性疼痛の発生率が減少し、術後の回復が向上するかもしれない。

弱み(制限):
①サンプルサイズが比較的小さい。
プラセボ対照群が存在しないため、介入と非治療状態の間の直接比較はできない。
③高齢患者や併存疾患を持つ患者などの集団におけるデクスメデトミジンの安全性と潜在的な副作用は言及できない。

 

以上になります。
この論文、皆さんはどのように感じるでしょうか。参考になると幸いです。