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【論文紹介】ESPBは胸部手術の鎮痛に有用ではない【Journal of Clinical Anesthesia 2023】

論文紹介です。

 

Journal of Clinical Anesthesiaより、ESPBは胸部手術に有用ではないというConの主張の論文です。doi:10.1016/j.jclinane.2023.111353

 

pubmed.ncbi.nlm.nih.gov

 

J-RACEの勉強をしていると、脊柱起立筋面ブロック(ESPB)は、傍脊椎腔ブロック(PVB)と同レベルの効果を発揮する・・・とは言えないという風潮であることはわかっておりました。

 

MICSの弁形成などで、PVBをしていましたが、下手糞だったときはうまく針を描出できず、合併症の恐怖から曖昧なところに単回注入とカテ留置をしていましたが、指導医からは「まあESPBにはなってるから大丈夫!」的な励ましを受けていましたが。

 

その実、どうなのか?論文を以下にまとめてみました。

 

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【はじめに】
ESPBの登場は2016年。胸部手術の鎮痛においてPVBとEpiduralは多くの論文がある中、ESPBについては科学的根拠が欠如しており、議論と論争の対象である。
本論文では、ESPBが技術的にシンプルなのに、胸部鎮痛に有用でない理由を述べる。

 

【先に結論】
●ESPBは末梢神経ブロックの古典的な特徴の多くを示さない。
●全体として、胸部鎮痛にはPVBがESPBより優れている。
●軽、中等度の胸部手術に対する確立された多剤併用鎮痛レジメンに比べ、ESPBがもたらすわずかな利点は、おそらくLAの迅速かつ持続的な全身吸収によるもの。

ESPBがリドカインの静脈内投与よりも優れているかどうかは、まだわかっていない。このような背景から、我々はESPBは胸部鎮痛には有用ではないと主張する。また、言い訳をするのをやめ、胸部鎮痛に効果の低いESPBを使用し、PVBと胸部硬膜外麻酔の指導と訓練を改善する戦略を立てるべき時であると考える。

 

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【ESPBの限界】
ESPBが胸髄神経背側枝に及ぼす影響に議論の余地はない。だが腹側枝にどのような影響を及ぼすかは、いまだ不明。
最近、胸郭・傍椎骨の解剖の理解が進み、ESPBのメカニズムに新たな光が当てられている。重要な構造がretro-SCTL space(上肋横突靭帯の後方のスペース)である。その内側には脊髄神経前枝・後枝と脊髄後根神経節(DRG)が存在することから、SCTLの後方、横隔組織間複合体(ITTC)に局所麻酔薬(LA)を注入することで、同側の胸郭の鎮痛が可能であることが示されている。ESPB後にも、傍脊椎(90%)、肋間(100%)、椎間孔(80%)、硬膜外腔(40%)へ注射液が物理的に広がるとされる。

が、それは非常に多様で予測不可能である。同側の前胸部感覚遮断(感覚低下)は起こりうるが 、一貫性がなくまだらであり、胸骨傍領域には及ばず、大部分は背側胸骨に限られる。

 

【ESPBのエビデンス
<乳房手術>
ブロックなしと比較して、疼痛と24時間のオピオイド消費量を減少させる。だが、この差はごくわずかでおそらく臨床的な意義はない。対照的に、PVBはESPBよりも優れた術後鎮痛を提供する。PROSPECT(procedure specific postoperative pain management)では、乳房手術に対するESPBを推奨しておらず,PVBを推奨している。

<心臓手術>
胸骨正中切開による心臓手術では、ESPBはブロックなしと比較して有益性はない。前述の通り、ESPBが傍胸骨領域に影響を及ぼさないことを考えれば、驚くべきことではない。また、MICSに使用しても、付加価値をもたらさない。  

<胸部手術>
ビデオ補助下胸腔鏡手術(VATS)において、ブロックなしと比較して、VATS後の疼痛スコアと24時間のオピオイド消費量を減少させ、回復の質を改善させるが、多剤併用のマルチモーダルな鎮痛と併用した場合には、意味のある有益性は追加されない。また、持続ESPBは、肺手術後の鎮痛において持続PVBよりも効果が低い。さらに、ESPBを使用した患者では、鎮痛効果が得られない(疼痛スコアが7/10以上)可能性が高い。 PROSPECTでは現在、VATSに対するESPBを推奨しているが、いずれ更新されることが予想される。

<胸郭手術>
胸郭後側方切開術において、最近のメタアナリシスでは、胸郭切開術後の鎮痛においてPVBがESPBより優れていることが示され、疼痛(安静時および運動時)、24時間オピオイド消費量、レスキュー鎮痛薬必要量の減少が大きいことが証明された。PROSPECTは、胸腔切開術に対してPVBと胸部硬膜外鎮痛を推奨している。

<脊椎手術>
脊椎手術におけるESPBは、プラセボや通常のマルチモーダル鎮痛と比較した場合、わずかな改善しか示されていない。理論的にはESPBが有効であるはずの状況でも、明確な有益な臨床効果を示すことはできていない。

 

【感覚遮断と臨床的鎮痛のミスマッチ】
前胸部の感覚遮断が一貫していないが、ESPBは、乳房手術やVATSにおいて、プラセボ(ブロックなし)や通常のマルチモーダル鎮痛と比較すると、わずかではあるが鎮痛を改善する報告もある。これには別のメカニズムが提案されている。

ESPB後の「感覚遮断を伴わないけど臨床的には鎮痛されている」を説明するために、「分離神経遮断(Differential Nerve Blockade)」「Aδ線維は無傷で、選択的なC線維の遮断」がよく引用される。ところが、このトピックは歴史的に論争が巻き起こっていて、1980年代に広範に研究され 、想定とは異なり、「A線維はLAに対して最も感受性が高く、C線維は最も感受性が低い」。最近では、DRGが「感覚遮断を伴わない臨床的鎮痛」の鍵であると提唱されているが、我々の直感には反する。なぜなら、すべての求心性知覚神経(Aδ線維とC線維を含む)の細胞体はDRG内にあり、DRGに対するLAの効果は、Aδ線維とC線維の両方を介した臨床反応を示すはずだからである。

というわけで、LAが吸収されて生じる全身への効果こそが、鎮痛のためのもっとも妥当なメカニズムであると考えている。なぜなら、LAはリンパ管に非常に速く取り込まれ、鎮痛のための治療範囲内にあるLAの血漿中濃度を迅速かつ持続的に作り出すからである。その上、リドカインの静脈内投与は、鎮痛作用と抗炎症作用がある。

 

【結論】
●ESPBは末梢神経ブロックの古典的な特徴の多くを示さない。
●全体として、胸部鎮痛にはPVBがESPBより優れている。
●軽、中等度の胸部手術に対する確立された多剤併用鎮痛レジメンに比べ、ESPBがもたらすわずかな利点は、おそらくLAの迅速かつ持続的な全身吸収によるもの。

ESPBがリドカインの静脈内投与よりも優れているかどうかは、まだわかっていない。このような背景から、我々はESPBは胸部鎮痛には有用ではないと主張する。また、言い訳をするのをやめ、胸部鎮痛に効果の低いESPBを使用し、PVBと胸部硬膜外麻酔の指導と訓練を改善する戦略を立てるべき時であると考える。

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ESPBは少しややこしくて、「本当の脊柱起立筋面ブロック」なのか、少し突き破ってしまって筋膜面のちょっと下のスペース(本論文では、retro-SCTL space, ITTC)に薬液が入っちゃってるブロックなのか、明確な手技の定義がなされずに数多の研究がなされている可能性があります。

 

これに関してはめちゃくちゃ有名で有用なブログが一番わかりやすいので、是非ご一読ください(いつも勉強になっております)。  

peripheral-nerve-block.com

 

「下手糞なESPB」は、針先がちょっとretro-SCTL spaceに入り込んでいて、その分、真のESPBよりも広がって効果を得ている可能性があります。「下手糞なPVB」でも、実はこの部分にLAを注入していたのかもしれません。

 

この論文の主張は、「たとえそのスペースに入っていたとしても効果は一貫性が無いよ」「よくわからないけどちょっと効くのは全身投与になっているからじゃないか」ということだと考えています。

 

皆さんはどう感じますでしょうか?ご参考になれば幸いです。