麻すいのおと

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麻酔の勉強の記録です。

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【論文紹介】睡眠障害は60歳以上の大腿骨近位部手術患者の術後せん妄の独立危険因子である【BMC Anesthesiology 2023】

寒くなってきました。高齢大国日本において、凍った路面で転倒し大腿骨を骨折する患者さんが増える季節です。

背景心疾患や認知機能低下やフレイルが伴っていたりして、手術では結構出血するし、イージーっていいがたい疾患ですよね。

スムーズに覚醒して素早くリハビリして生活復帰を目指したいのですが、その障害になるのは術後せん妄です。病棟看護師の皆さんには頭が上がりません。

 

BMC Anesthesiology誌のこの論文を紹介いたします。

bmcanesthesiol.biomedcentral.com

 

<まとめると>

研究の目的:大腿骨近位部骨折の手術を受けた60歳以上の患者のせん妄に対する術前の睡眠障害の影響を調べること。

研究デザイン:前向き観察研究

施設:Department of Anesthesiology, The Affiliated Hospital of Qingdao University, China(中国 青島の大学附属病院)

対象患者:2021年4月~2022年4月までに手術を受けた大腿骨近位部骨折患者143人を前向きに選択。

アウトカム:主要アウトカムは術後せん妄(PD)

方法:術前の睡眠の質は、Pittsburgh Sleep Quality Index (PSQI) で評価。Confusion Assessment Method (CAM) で術後 7 日目まで PD を評価。PDあり群(PD)となし群(NPD)に分けた。多重ロジスティック回帰分析を行った。

結果:対象患者143名のうち、43 名 (30.1%) がPD。多重ロジスティック回帰分析により、術後 ICU 入室数 (OR = 2.801、p = 0.049) と術前睡眠障害 (OR = 1.477  < 0.001) は独立して PD と関連。ROC曲線は、術前PSQI スコアが PD を予測した (AUC 0.808、95% CI 0.724 ~ 0.892、p < 0.001)。

結論:術前の睡眠障害は、60 歳以上の大腿骨近位部手術患者における PD を引き起こす独立危険因子であり、独立予測因子である可能性がある。

 

エビデンスレベルは高くないものの、研究のアイディアが素晴らしいですね。不眠症患者や抑うつ患者は増えていそうで社会的な問題でもありますし、リスク層別化に役立ちそうです。

もう少し深く読んでみましょう。

 

<背景>

わかっていること:小規模な後ろ向きコホート研究で、60 歳以上の大腿骨近位部骨折患者において、手術前の睡眠障害がPD発症と有意に関連していることが示された。

まだわかっていないこと:大腿骨近位部骨折の高齢患者の術後PDに対して、術前の睡眠障害が影響を与えるかどうかを評価した研究はない。

大腿骨近位部骨折の高齢患者で最も一般的な合併症の 1 つは術後せん妄(PD)。発生率は 4 ~ 53.3% 。PDは急性の"変動する脳機能障害"であり、不注意・混乱・意識変容を特徴とし、通常は手術後 3 日間で発生する。

PD は短期的・長期的合併症の危険因子である。身体的回復、認知的回復の両方に影響を及ぼす。

既知のPDの危険因子は以下の通り。
患者因子:65歳以上、男性、認知症うつ病、ASA-PS、視覚障害BMI、術前アルブミン値、術前ヘモグロビン値
医療的因子:手術の種類、骨折から手術までの時間、薬剤、術中血圧、体温、麻酔の深さ、輸血、術後鎮痛

睡眠障害は中国の高齢者、特に高齢女性に多く見られ、有病率は 35.9% 。

 

<方法>

対象患者:年齢 ≧ 60 歳の大腿近位部の手術。
除外基準:せん妄または認知症の病歴、脳外傷の既往、聴覚・言語の問題によりコミュニケーションができない。
麻酔:同じ麻酔プログラムによる全身麻酔。BIS値は40-60の間で維持。潜在的精神障害が発生する可能性があるため、周術期には正常な体温を維持し、抗コリン薬を使用しない。

術前の睡眠の質の評価:PSQIで評価。PSQIは睡眠の質を評価する効果的な方法である。PSQI スコアが高いほど、睡眠障害は重度になります。

参考URL:ピッツバーグ睡眠質問票

PD の判断:CAMを使用。手術後 24 時間以内に 1 回だけ評価され、可能な限り手術後 24 時間近くで評価。術後 2 ~ 7 日目には、患者を 1 日 2 回(8:00 ~ 10:00 および 18:00 ~ 20:00)評価。すべてのデータは、麻酔には参加せず、グループ分けを知らなかった麻酔科医によって評価および記録された。

麻酔:NRS < 4 を達成するために、sufentanilとdezocineの静脈内投与を行った。必要に応じて、せん妄の発症を制御するためにデクスメデトミジンを注射することもある。

統計:変数は、「性別、年齢、BMI、ASA-PS、術前PSQIスコア、術前アルブミン値、術前ヘモグロビン値、術中出血、骨折から手術までの時間、麻酔時間、手術時間、手術の種類、糖尿病、高血圧、脳卒中、冠疾患、術後の ICU入室、および術後せん妄」とした。 PDの診断に基づいて、すべての参加者をPD,NPDの2群に分けた。

 

<結果>

合計 143 人の患者が PD に従って 2 つのグループに分けられた。
PDのない100人の患者のうち、26人が術前に睡眠障害を有しており、PDを有する43人の患者のうち、31人が術前に睡眠障害を有していた。
2群の背景について、単変量解析の結果、PDの危険因子には、ASA分類、年齢、アルブミン、ヘモグロビン、術前 PSQI スコア、手術の種類、冠疾患、および術後 ICU 入室であった。
多重ロジスティック回帰分析の結果、PDに関連する因子は、術後 ICU 入室(OR = 2.801、p = 0.049)と術前の睡眠障害(OR = 1.477、p < 0.001)であることがわかった。
ROC 曲線は、術前の PSQI スコアが PD を予測することを示した(AUC 0.808、95% CI 0.724~0.892、p < 0.001)カットオフ値は 7.5、感度は 60%、特異度は 88% だった。

 

<考察>

この研究は、術前の睡眠障害がPDと独立して相関していることを示した。単変量解析により、PDに関連する危険因子の可能性がある項目を発見し、共変量を調整するために多重ロジスティック回帰モデルを使用したところ、術前の睡眠障害と術後ICU入室が独立した危険因子であることを示した。
ROC 曲線から生成された AUC が 0.7 より大きい場合は、リスク因子が結果を予測する際に一定の精度があることを意味する。PD の発生率に対する術前 PSQI スコアの影響をを解析すると、得られた AUC は 0.808 であり、術前 PSQI スコアが PD の予測因子であることが示された。

強み:前向き観察研究である。患者の術前の睡眠の質を PSQI によって評価した(PSQI は、睡眠の質の判断に関して 89.6% の感度と 86.5% の特異度を持つ)。麻薬投与の偏りの可能性を減らすため、全身麻酔のプログラムが標準化された。

弱み(制限):高齢患者が含まれていたため、症状に活動性低下が伴う場合、せん妄は過小評価されている可能性がある。PSQI と CAM は睡眠の質とせん妄に関する自己申告式の質問票であり、診断に偏りがあるはず。この研究はサンプルサイズが小さい。

 

 

以上です。緊急手術ではわざわざPSQIを取って…という風には面倒でならなさそうですが、初めから不眠などがあるとわかっていると、予測できそうですね。

ところで超高齢者の大腿骨転子部骨折は、循環抑制が少なくすばやく目覚めて呼吸抑制が無いようにするために、最近はigel、レミマゾラム、区域麻酔(PENGブロック)という組み合わせでやっています。

この論文、皆さんはどのように感じるでしょうか。参考になると幸いです。