麻すいのおと

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麻酔の勉強の記録です。

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【基礎知識】手術におけるフェンタニルの使い方と、ナロキソンの使い方

私は麻酔科専門医を取得して数年のぺーぺーですが、恥ずかしながらフェンタニルの使用がニガテです(それでも麻酔科医か…)。

自分が最も得意とするのは、区域麻酔+レミフェンタニルであり、PONVリスクを下げるためにフェンタニルを極力使わない麻酔です。

最近、区域麻酔が施行困難な患者で、フェンタニル使用がうまくいかないことが目につき、改めて学びなおしました。

この記事には、昔からフェンタニルを上手く使用されてきた先生方には当然すぎることが書かれていると思いますが、若手の先生たちに学んだことをシェアし、臨床で生かしてくださると幸いです。

参考にした文献はコチラです。


pubs.asahq.org

フェンタニルとは

フェンタニルは1950~1960年代にかけて合成されたオピオイドです。構造式はペチジンに似ています。

よくモルヒネと比較されますが、フェンタニル脂溶性が高く、モルヒネ脂溶性が低い(親水性が高い)。中枢神経系への透過性は、モルヒネの133倍とされます(上記文献の表1を参照)。

高い脂溶性と迅速・広範な再分布の特徴があるため、様々な投与経路で用いることが出来ます。筋肉内、静脈内(ボーラス注射、点滴、PCA)、硬膜外、くも膜下腔内、経皮、経粘膜、吸入経路も可能です。

フェンタニルは動物種にもよりますが、モルヒネよりも100〜300倍強力のため、鎮痛のには約0.6~3ng/mlという低めの血中濃度で実現が可能になりました。

 フェンタニルの薬物動態学、薬力学

ここからはフェンタニルの薬物動態と薬力学を考えていきます。なお、「手術中の使用」に焦点を当てますので、静脈内投与についてのみ書いていきます。

iv後、血漿からまずは血管の多い組織(心臓・肺・脳)に急速に分布します。ivした量の80%以上が5分以内に血漿から出ていき、1時間までに98.6%が出ていきます。筋肉や脂肪などにも再分布するため、血管からの除去は急速です。 ただ、筋肉と脂肪はフェンタニルの貯蔵部位として機能するので、取り込みよりも排出は遅いです。筋肉の場合はその量のため、脂肪の場合はフェンタニル脂溶性が高いためです。

脂肪組織と血漿の初期平衡の後、ゆっくりとフェンタニル血漿中に放出します。脂肪組織からの放出は遅いため、消失半減期は 3.1 ~ 7.9 時間と長くなります。フェンタニルの単回投与後の作用持続時間が短いのは、「除去」ではなく「再分布」によるものであり、大量投与や、少量でも複数回投与をすると、フェンタニルは蓄積するため、脳内の作用部位からフェンタニルが除去されるにあたり、「再分布」の効果が低くなります。

フェンタニルは、ほとんど肝代謝で、ノルフェンタニル→ヒドロキシプロピオニルフェンタニルやヒドロキシプロピオニルノルフェンタニルになります。代謝物の薬理活性は最小限であると考えられています。腎臓から変化せずに排泄されるフェンタニルは10%未満です。体内総クリアランスは高く、高い肝抽出率を反映し、肝臓血流量に依存します。

ここでより具体的な麻酔現場に当てはめて考えてみます。フェンタニルを使用する時に、当然、「呼吸抑制は起こさずに、しっかり鎮痛したい」とか「抜管がスムーズに出来るように、ほどほどの効果部位濃度にしておきたい」という気持ちがあると思います。薬物動態を考えると、長い手術になるほど「定期的or持続的なフェンタニル投与」は蓄積していき、術後に有害事象が発生するリスクが高まります。そのため、ある程度の効果部位濃度を確保はしつつも、投与の時間間隔を広げたり、一回投与量を減らすことで、蓄積性の難点は解消に近づくと考えます。

そう考えると、フェンタニルの投与は効果部位濃度に基づくべきであり、「30分に一回」とかの根拠のない投与方法は、わかりやすい目安にはなるものの、少し見劣りしてきます。シミュレーターは必ずしも完璧ではないですが、無いよりも遥かに参考になります。自分は東大麻酔科のAnesSimulatorを用いています。

では、どれくらいの効果部位濃度を目指すべきでしょうか?教科書的には0.8-1.0ng/mL以上で鎮痛効果が得られ、2.0ng/mL以上になると呼吸抑制のリスクが高まります。そして、単剤使用において「痛みを感じる濃度では呼吸抑制は生じない」というのが一般的です(他の麻酔薬や麻薬を併用していると話は別です)。

シミュレーターを用いて、抜管以降に効果部位濃度が1.0ng/mLぐらいで抜管できる予測で投与すれば問題なし!・・・というわけではありません。何故なら、個々の感受性、鎮痛の必要性などにより、リスク-ベネフィットがベストな効果部位濃度は患者によって異なるからです。

わかりやすい例では、区域麻酔を併用しているのにフェンタニルを盛り盛りしてしまうと、呼吸抑制しやすいですよね。あるいは、膵頭十二指腸切除などの侵襲が強い手術では、区域麻酔無しでフェンタニルで頑張る場合は、高い効果部位濃度が必要になってきますね。

効果部位濃度はあくまで参考にすぎないため、将来的に「シミュレーターで効果部位濃度が1.0ng/mLになるように自動でフェンタニルを調整する」ような自動麻酔の時代が訪れたとしても、設定側が読みを間違えると、鎮痛不足や呼吸抑制に陥りそうです。ここに、麻酔科医としてのセンスが問われそうですね。

「どれくらいの効果部位濃度を目指すか」、そしてそれを達成するために「どのタイミングでどの用量で投与するか」。多角的鎮痛はもちろん必要ですが、アセトアミノフェンもNSAIDsも使用しにくい患者でどうフェンタニルを使うかが課題となっています。

こういったことをたくさん考えてフェンタニルを使用してきた時代と比べると、レミフェンタニルの登場はまさに革命的だったんでしょうね・・・。

フェンタニルにより覚醒遅延は生じるのか?

フェンタニルを使用する上で、「覚醒遅延」との関りも気になるところです。専門医試験でもよく見かけますが、麻薬は麻酔薬と相互作用し、MACへは相乗効果がみられます。しかし一方で、MAC awakeへは相加効果であり、多く見積もって血漿フェンタニル濃度が2ng/mLだったとしても、それ以下の濃度の場合のMAC awakeと大きな違いはありません(参考文献:Anesthesiology January 1998, Vol. 88, 18–24. URLはコチラ)。

MACは"刺激に対して体動を抑制できるかどうか"を見ており、侵害刺激が関わるものですから、フェンタニル投与で大きく減少することは当然です。覚醒遅延を避けるために考察すべきはMAC awakeの方で、"開眼命令に対して応じるか"はフェンタニル濃度が高くてもそれほど低下するわけではないことがわかります。

とはいえ、正直、実際の臨床では「起きなかったらどうしよう…」とかいう内なる圧力のせいで、フェンタニルの使用を制限しちゃいますけどね!

シミュレーションを用いたフェンタニル投与の例

ここからは、東大麻酔科のAnesSimulatorを用いて様々なフェンタニル投与を空想のままに試してみます。麻酔導入時~手術開始まで1時間と見なします。

Simulation 1

80歳女性、ASA-PS2、身長150cm、体重50cmとします。
9:30 麻酔導入とともにフェンタニル100mcg
10:30 執刀開始とともにフェンタニル100mcg
11:30 術中投与としてフェンタニル100mcg
12:30 手術終了

という場合、手術終了時点での効果部位濃度は0.8ng/mLです。30分経過した13:00でも0.68ng/mLです。上述した通り、蓄積により効果部位濃度の減少はなだらかとなっています。
PCAをつけるほどではなくても、術中フェンタニル投与によって術後に少し鎮痛効果を残したい場合は、なだらかに減少する残存フェンタニルが効力を発揮します。
しかし一方で、感受性が高く必要以上の効果部位濃度だった場合は、逆に減少が遅いことが仇となります。

合計が同じ300mcgでも、少量分割するとどうでしょうか。

Simulation 2

9:30 麻酔導入とともにフェンタニル100mcg
10:30から12:00にかけて30分おきに50mcgを投与
12:30 手術終了

この場合、なんとなく「100mcgなら1時間空ける、50mcgなら30分空ける」という時間軸に基づいたルールで投与していますが、手術終了時点での効果部位濃度は前者よりも高く、1.0ng/mLとなっています。30分後でも0.73ng/mLあります。タイミングと量がめちゃくちゃ重要ですね。

これは極端ですが、漫然と一定時間ごとの投与はあまりよくない例として示しました。

ナロキソンの使い方

トラブルシューティングとして押さえておくべきなのは、フェンタニルによる呼吸抑制の解消の仕方です。もちろんナロキソンの出番ですが、日本麻酔科学会薬物ガイドラインから部分的に抜粋し、UpToDateの情報で改変しました。

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初回→0.04 ~ 0.08mg iv.呼吸数12回/分以上あるかを判断。投与30分後に再評価。
遷延性呼吸抑制(12回/分未満)→2-10µg/kg/hr  div(上限は成人で 0.8mg/kg/hr,小児で 0.04 ~ 0.16mg/kg/hr)、または初回投与量 x 2/3 / 時間を投与.
点滴中の呼吸抑制→初回量の1/2を投与。
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指標は「呼吸回数」であり、ガイドラインには具体的な目標は記載がないものの、UpToDateの成人の急性オピオイド中毒のナロキソン投与の項目では、12回/min以上の維持を目標と記載があります。重要な点は、ナロキソンは「①作用発現は静注時1-2分と素早い②持続は20-60分程度、30分で効果は著明に減少する」という薬物動態のため、ナロキソン投与後に再度呼吸抑制(renarcotization)が生じる可能性があり、モニタリングできる場へ移送する必要があります。

本当に危機的な状況では、ナロキソン0.2mg ivもやむをえないかもしれませんが、急激なリバースによる疼痛悪化と、オビオイドの効果を急速に拮抗することで嘔気・嘔吐、発汗、頻脈、過呼吸、振戦、肺水腫、高血圧(突然の覚醒・疼痛出現・交感神経亢進⇒カテコラミン濃度上昇)が見られることに注意が必要です。基本的には、ナロキソンを生食で10mLに伸ばし、0.04mg(2mL)ずつ投与していきます。

renarcotizationを予防するためには、単回投与後の維持投与っぽい行いが必要になります。UpToDateの成人の急性オピオイド中毒のナロキソン投与の項目では、経鼻・筋肉内・気管内投与も可能とはしつつも、ivルートが無い場合の奥の手で、原則iv投与が望ましいとしています。これは、ナロキソンによる点滴投与の用量調整が難しくなるためと記載があります。従って、上述した投与量・速度で、呼吸回数12回以上となることが確認できるまで持続していくことになります。

結局フェンタニルはどう使うのがいい?

自分の結論としては、術中フェンタニルivだけで術後鎮痛をすべてカバーすることは、リスクがベネフィットを上回ると考えています。なので、術後も長く効果部位濃度が●●以上になるように…とか考えないといけない手術なら、しっかりアセトアミノフェンやNSAIDsを併用し、iv-PCAを流す方が管理しやすいです。呼吸抑制を起こすリスクを考えて、覚醒時の効果部位濃度は鎮痛レベルになるようにシミュレーションし、気持ち少な目で術中は管理していきます。

ちなみに、この考えに基づくと、一層、術後の非麻薬性鎮痛薬の処方がカギになります。周術期疼痛管理チーム加算が始まってしばらく経ちますが、自分の施設では「持続鎮痛薬を用いている症例」だけを対象に回診をしています。一方で持続薬を使用していない患者さんが疼痛を訴えていて、「疼痛時カロナール300mg」とかいう、頓用的・少量の指示簿を見ると、もやもやしてしまいます。定期薬かつ適正量にしたいのですが、そこは主治医・主科と麻酔科との間で診療責任が曖昧であることが障壁です。ここは今後の課題ですね。。

まとめ

考えれば考えるほど、フェンタニルの使用はArtな側面が強いと思います。麻酔科医の数だけ投与への考え方があると思うので、たくさん聞いてみて、自分の使用法を見つけたいですね。